
善入寺島に火薬庫跡ってのがあったんですけど、これは何でしょうか?
松本本記事で解説してまいります!
善入寺島には農地や花畑以外にもさまざまな見所が眠っています。今回ご紹介する「善入寺島の火薬庫跡」もそのひとつ。どのようなスポットなのかについて、ご紹介いたします。
善入寺島の火薬庫跡(史跡)の石柱

松本それではご紹介してまいりましょう。左手に見えるのが史跡「火薬庫跡」になります。

そうですこれこれ!気になってたんですよね。
石柱に刻まれた文字
松本石柱に刻まれた文字は下記の通りとなります。

昭和六十年
史跡 火薬庫跡
市場町教育委員会

明治・大正年間の吉野川改修工事に
使用した火薬の貯蔵庫(えん)
松本(えん)って何だろう…
洪水とともに歩んだ善入寺島の歴史(所感)
松本かつては多くの人が住み、お寺や神社、学校に警察やお店が立ち並んでいたこの善入寺島ですが、その暮らしは水害と隣り合わせだったそうです。そこで明治政府は「吉野川改修工事」を行うこととし、あわせて明治四十五年(1912年)から大正五年(1916年)までの間に島民に立退命令をだしました。

確かに!お寺跡や小学校跡って書いている石柱もありましたね。そういうことでしたか。
松本機会を見て、善入寺島の歴史についてもふれていけたらと思っています。ともあれ、この「火薬庫跡」にはそんな背景がありました。

アクセス
駐車場
ありません。専用の駐車場は整備されておりませんので、農作業される地元の農家さんや通行車両の妨げにならないよう、マナーを守ってご鑑賞ください。
お出かけ前に
善入寺島へお出かけの前に、下記サイト様で道路交通情報をご確認ください。
徳島県県土防災情報様:https://bousai.pref.tokushima.lg.jp/map/
松本吉野川のライブカメラもあわせてご確認ください。水位が上がると、善入寺島にかかる潜水橋が通行止めになることがあります。
どうぞご注意ください。
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(文章・写真:松本剛)
