限界集落というラベリングに覚える「違和感」| まちづくりコラム 001

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限界集落という言葉があります。これは、社会学者の大野晃さんによって1988年に提唱されたものであり、定義としては下記の通りとなります。

限界集落とは、過疎化などで人口の50%が65歳以上の高齢者になり、冠婚葬祭など社会的共同生活の維持が困難になった集落のことを指す。(引用元:富山大学様

ところで、Uターンしてから6年間、微々たるものではありますがまちづくり活動を通してさまざまな地域の方と関わってきました。その中には「限界集落」と呼ばれるまちの方もいらっしゃいます。しかし、その地域からはいわゆるネガティブなものは感じず、むしろ新しい何かを生み出そうとするポジティブささえ感じています。

この記事では、まちづくり活動をしている中で感じていた違和感と、同時に発見した視点についてお話しさせてください。

目次

限界集落というラベリングに覚える「違和感」について

外から見るだけではわからないものがたくさんある

「学校もお店もなくなったよ」

そう話してくださったのは、阿波市のある山間部にお住まいの方。以前は学校もありお店もあったけれど、今はもうない。ここですぐに、「あっ、じゃあ不便でよくないんだね」と判断しないでください。この話には続きがあり、「静かになってしもうたけど、でもほれはほれで(それはそれで)楽しいんよ」と笑いながら話してくださったのを覚えています。歌を歌うのが大好きという方なので、なるほど、じゃあ畑仕事中に周りを気にしなくて歌えていいですねと返事したのを覚えています。不便だからよくないと、そう簡単に決めつけられないのです。

私の住む阿波市市場町は数年前、一部過疎認定を受けました。これに対して「大変だ!今すぐなんとかしないと!」と立ち上がる方がたくさんいらっしゃいました。もちろん、そういう考えもありますが、この時私自身は「日本全体が人口減少に転じる動きを見せている中、起きても不思議ではない出来事。大きな流れに抗うのではなくて、減ったら減ったなりの新しい暮らしを見つける考えにシフトする方がいいのでは」と感じていました。(今もそう思っています)

ちなみにこの「過疎」という言葉も外部からつけられた言葉です。と言っても、過疎というラベルを貼られても、住民の方々はいつもどおりそれぞれの楽しい生活を送っています。該当エリアには確かにお店も少なくなりました。ですが、少し車を走らせたらスーパーもあります。変化に対応した暮らしをそれぞれにされているのです。

冒頭でも触れました、限界集落の方とのお話もさせてください。この地区は確かに人口は減っています。しかし、一方で移住者の方が増えており、「やってみなはれ」と言わんばかりに現地の方々も積極的に受け入れています。この地区の方との話はとにかく楽しく、「今度カフェをしたいと思っているんです」「ずっとやりたかった夢をこのまちでかなえたいんですよね」といった話をよく聞かせていただいております。そのまちを訪れるたびに、一般的に言われるネガティブな文脈ではなく、むしろ、ポジティブな雰囲気を感じます。限界集落というラベルを貼られても、実際に現地を訪れてみないとわからないものです。

行政の言葉、現場の目線

「限界集落」や「過疎」といった言葉を否定するつもりはありません。この言葉や概念は、地域の状況を社会に知らしめましたし、行政にとっては、国からの補助金を引き出したり、地域の再編や優先順位を判断するためには必要となるのでしょう。

ただ、そのラベルを私たちがそのまま受け取り、「ここは限界集落だから**だ」「過疎だから++だ」と、字面だけを見て判断せず、ゆっくりと付き合い、考え、向き合う時間が必要です。様々な要素が絡み合う複雑な「まち」が相手なら、なおさらです。

ナマケモノは怠け者か

少し話題がそれますが、「ナマケモノ」という動物がいます。一日中ずっと木にぶら下がっている様子を見て、「こいつ、何もしないな。よし、じゃあ怠け者だ」と、人間が一方的にネガティブな名前をつけたのでしょうか。ですが、この「ナマケモノ」からしたらたまったものではありません。「こっちにはこっちの事情があるのに、何なんだ!」と怒っているかもしれませんね。

ちなみにその「動かない暮らし」には、ちゃんとした理由がありました。

「彼らはエネルギーの消費をギリギリまで抑えて生きています」。コスタリカにあるナマケモノ保護施設「スロース・サンクチュアリ」の動物学者ベッキー・クリフ氏はそう語る。ナマケモノは新陳代謝が非常に遅いので、「計画的に動かなくてはなりません」。彼らは体温を調節することさえできず、それが消化にも影響する。食べたものを消化するのに平均で16日間かかるのだ。気温が高くなると消化のスピードはやや上がるので、その間は普段よりも多くの食物を摂取できる。(引用元:ナショナルジオグラフィック様)

「ナマケモノ」は自分自身をよく理解して、どうするべきかを考えて1日を過ごしています。非常に賢く、戦略的な動物だったのです。表面だけでは物事を判断できない。そう思います。

自分の住むまちを表現する「言葉」を見つけること

話を戻します。限界集落というラベリングに対する違和感に気付いた後、「じゃあ自分の住む地域を一言で言うと?」という問いが浮かびました。さまざまな言葉が浮かびましたがしっくりこず、現時点では残念ながら私の中では「これだ!」という言葉を見つけられていません。そもそも一人でどうこうするのではなくもっともっと地域へと入り込み、住民の方と一緒に見つけ出すものなのでしょう。

時間をかけてゆっくりと、自分のまちのことを自分たちで表現する。もしかすると、自分の住むまちを表現する「言葉」を見つける営みがこれから必要になるのかもしれません。

むすび

限界集落という言葉をきっかけにうまれた違和感。振り返る中で、「その言葉だけでは、まちを知ることはできない」と再認識できました。同時に、自分の住むまちを一言で言うとどう表現できるだろうかという問いと出会うことができました。これらの気づきを大切にしながら、まちづくり活動を続けていきます。

長文をお読みいただきありがとうございました。

(文章:松本剛)

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