よりどころや阿波市の各所でまちづくりについてお話をする際に、よく出てくる言葉がある。居心地だ。
市場町にずっと住んでいらっしゃる方は、「居心地のいい場所がこのまちにもっと増えたらいいのに」と言う。
県外から移住してこられたある方は、「居心地を判断基準として阿波市を選んだ」と言う。
ところで僕は、この「居心地」という言葉をどれだけ理解しているのだろうかと考えるようになった。きちんとわかっているか、自分の言葉で説明できるだろうか。いや、正直なところ表面的な理解にとどまっている。なので、うまく説明ができない。
よく使う言葉こそ、よく使われる言葉こそ、一見簡単な言葉こそ、きちんと考えたい。突き詰めたい。いろんな角度から、この言葉と向き合ってみたい。そのためにはまず、僕自身が実際に居心地がいいと思える場所を取材して、直接学ぶのが一番だ。
これからお届けするのはそんな思いから生まれた不定期シリーズ、「居心地について、考える」。今回はその第一回。お邪魔したのは、僕がよく行く市場町内のとあるお店。行くたびに気分が晴れる、とっておきの場所。
(取材先様のご要望で、情報は伏せております)
気配り名人がいるお店
北にそびえる城王山がくっきり見える良く晴れた二月のある日、僕はそのお店を訪ねた。カラカラと鳴るドアを開けて中に入るとこのお店のAさんは「いらっしゃい、お元気?」と素敵な笑顔で迎えてくれた。元気ですと返事をした後、いつものようにまず買い物を済ませ、よっこいしょとレジの前にある椅子に腰を掛けると、Aさんがあたたかい生姜湯をごちそうしてくれた。外回りで冷えた手にはありがたい温かな器を手にすると、生姜湯からゆらゆらとのぼる湯気が見えた。その湯気越しに見える店内は優しく揺らぎ、午後の光と相まって何ともおだやかな雰囲気だった。
それにしても、Aさんの気配りはすごいなと思う。この時はちょうどのどが渇いていたのだけれど、それを察知したかのようなこの生姜湯。そういえば先日、市場町内のボランティア活動でご一緒した際に、「あれ?ウェットティッシュがないでえだ、誰か、持っとらんで?」とどなたかが声を上げるやいなや、「はいどうぞ」と素早く差し出すAさん。まるで予知でもしたかのようなこの動き。本当にすごい。どうしたらそんな動きができるのですか?とお伺いしたところ、「若い時に、いろいろ鍛えられたから」と笑いながら答えてくれた。記事には詳しく書くことはできないが、簡単に言うと、昔からAさんのお宅は来客が多かったり、打ち合わせの場となる事が多く、若い時からいろいろと来客対応について大人から手ほどきを受けたのだとか。そんな風にして磨き上げられたAさんのおもてなしを受ける僕は、幸せ者だ。
ちょっと寄れる、場所
僕がこのお店に来たときは、まず買い物をしてその後に、レジ前の椅子に腰かけるという習慣がある。ところでいつも座らせていただいているこの椅子は、いつから置かれているのだろうか。聞くと、ほんのつい最近の事だそう。「身近なことや、身体のことだったり、お客さんはこの椅子に座ってはいろいろとお話されるんよ。でね、今後はもっとスペースをあけて椅子を増やして、ここを『ダべリング』の場所にしたいって思ってるんよ」。ちなみにダべリングとは、「ダべる」にingをつけた言葉。つまり、おしゃべりのことだ。
Aさんは続ける。「この店の前はね、歩いてスーパーまで買い物に行く方も通るんやけど、やっぱり大変でしょ?ずっと歩くんは。ほれやったら、この椅子があったらこの店でちょっと一息ついて、休憩もでける。そんな風に、ここがちょっと寄れる場所になったらええなって思ってるのよ」。素敵なアイデアだ。周りの人のことをよく考えているAさんならではのお話は楽しく、僕は何度もうなずいていた。
まずは自分が「いい状態」であること。
その後も楽しく「ダべリング」した僕は、「どうすれば居心地のいい場所ってできると思いますか?」と本題のテーマについてお聞きしてみた。Aさんは、上を向いてうーんと少し考えた後に、「とにもかくにも、まずは自分の心が安定している事が大事なんちゃうかなあ。憂いてはいない自分があってこそというか。ほれで、自分が穏やかでおったら、周りが心地が良くなって、居心地がいい場所ができるような」と話してくれた。なるほど。まずは、自分がいい状態であること。そうすればその「いい状態」は自然と外に広がる。そして、気配りというAさんの心遣いが相まって、このお店のような、自然と人の集まる居心地のいい空間ができているのかと、僕はひざをうった。
せっかくなのでと、Aさんならではの、心を安定させる秘訣もお聞きすることができた。「いい言葉を意識しとるよ。ありがとうとか、ご飯を頂いたら美味しいとか。些細なことでもほうやって、いつもいい言葉を使ってたら私も周りの人もいい気分になれる」。Aさんと一緒にいると居心地がいいが、よくよく思い返してみると確かに、こまめにいい言葉をよくつかっていらっしゃった。一方、わるい言葉は聞いたことがなかった。
なお余談だが、そんなAさんも、小さいころはいわゆる人を寄せ付けない「壁」を作っていたことがあったらしい。しかし、「今は苦労した分、みがきあげられて、丸くなったんじゃない?」と、Aさんの小学校からの同級生は話しているそうだ。今のAさんからは、想像もできないお話だが。とはいえ、この場所の居心地の良さの秘密が垣間見ることができて、僕は満足だった。
楽しい時間はいつもあっという間に過ぎていく。外からは、家路につく小学生の楽しそうな笑い声が聞こえてきた。あまり長居をすると申し訳ないので、席を立ち、おいとますることにした。Aさんは、「また来てね」と笑顔で僕を見送ってくださった。
カラカラと鳴るドアを開けると、かすかに花の香りがする風が吹き込んできた。もうすぐ、春がやってくる。
追伸:
Aさんにはご多忙の中、こころよく取材にご協力いただきました。誠にありがとうございました。
(文・写真 / 松本剛)