阿波市内には、思わず足を止めてしまうようなスポットが数多くあります。今回とりあげるこの「境目のイチョウ」もそんな場所の一つ。知らず知らずのうちにひとを引き寄せる、この境目のイチョウについてご紹介してまいります。
道沿いにふと現れる、あざやかな黄色。
毎年11月に見ごろを迎えるこの「境目のイチョウ」。樹齢は500年から600年とも言われておりますが、その数字もなんのその。まったく衰えを感じさせないその様には驚かされるばかりです。また樹の高さは20メートルもあるため、遠く離れた場所からでも確認できるほど。交通の要所にたたずむこの境目のイチョウが、昔から多くの人々の目印となったことは、容易に想像がつきます。なお、境目のイチョウは昭和35年9月24日に徳島県の天然記念物に指定されています。
「乳神さん」の言い伝え
境目のイチョウの木の下に目をやると、「乳神さん」と呼ばれる祠が鎮座しています。伝承によれば、母乳の出がよくなるという霊験があるとのこと。そのゆえんは、幹に注目するとわかります。視線の先に見えたのは、いたるところに伸びる女性の乳房のような形をした「気根」。
「根」は普通、地中に伸びていくものですが「気根」は外に伸びています。またその「気根」の先をよく見ると、うっすらと白くなっています。なるほど。こうしてみると確かに、ご利益がありそうな気もします。
言うまでもなく昔の人にとって、母乳が出る、出ないはこどものいのちをつなぐうえでは重要な問題。自然を崇拝していたかつて先祖が、なにかおおきな、見えない力に思いをたくしてうまれたであろうこの伝承。現代に生きる人がいつの間にか忘れてしまった、大切な感覚のひとつなのかもしれません。
熊野神社からの眺めもおすすめ
さて、境目のイチョウの西側には「熊野神社」が鎮座しています。厳かな雰囲気のする石段をゆっくりと登り本堂へ。参拝をすませたあとふりかえり、見下ろす形で境目のイチョウを眺めると、先ほどとは違った味わいを楽しむことができます。
また、耳を澄ませると風で木々が揺れる音はもちろん、コツン、コツンという聞きなれない楽しい音が響きます。
実はこの音の正体は、木の実が落下する音。よくよく足元を見ると数えきれないほどの木の実達が転がっていました。この季節だからこその予期せぬ『歓迎』。何かいいことが起きそうな、すてきな出来事でした。
ずっと変わることのない、境目のイチョウ
今回の取材中、この境目のイチョウを見に来た方と出会いました。出会ったといっても会話はせずに、あいさつのみ。ですがその方の表情からは、変わることなくこの場所に立つ境目のイチョウに対する愛着を読み取ることができました。語らずとも分かる、この心地よさ。境目のイチョウから、あたたかい贈り物を受け取りました。
(取材・撮影・文:松本 剛)
[概要]境目のイチョウについて
住所:
〒771-1615徳島県阿波市市場町大影境目
樹齢:
500年~600年(諸説あります)
樹高:
約20メートル
樹冠:
東西約16メートル、南北約15メートル
幹周:
7.8メートル
伝承:
「乳神さん」 母乳の出がよくなる霊験あり。
伝説:
・豊臣秀頼に仕えた武将「生駒正信」が大坂夏の陣の後、この地に落ち延びイチョウの下で切腹した。
・弘法大師空海によって植えられたと大俣村史にある。
備考:
徳島県天然記念物(昭和35年9月24日指定)
周辺の見どころ:
中務茂兵衛の道しるべ(四国巡礼279回目達成記念)